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記憶のない一夜から始まる、不穏で甘い人間関係の攪拌
28歳のサラリーマン・世は、ゲイでありながら恋愛が苦手という設定。会社の呑み会の翌朝、明らかに「事後」の状況で目を覚ますものの、相手の記憶がまったくない。この掴みは、読者に「誰とどうして?」という謎を強く提示しながら、主人公の困惑と焦燥を丁寧に描く導入として機能している。
特筆すべきは、隣人の大学院生・真人の存在だ。世が「詮索しないでおこう」と決めた矢先に「必ず犯人を捜してこい」と背中を押す。記憶を失った側の不安と、周囲からのプレッシャーが交錯する構造は、単なるラブコメに留まらない心理的な深みを予感させる。捜査を始めた世の行動が、後輩の戸川、上司の柳瀬との関係を「変えていく」という展開も、人間関係の再構築を描く本作の核になりそうだ。
キャラクターの魅力と関係性
主人公・世は「恋愛が苦手なゲイ」という設定から、これまで感情を表に出すことを避けてきたタイプだと推察できる。記憶を失ったことで、自分自身の行動すら信頼できない状況に追い込まれるのは、彼にとって相当なストレスだろう。それでも「詮索しないでおこう」と考える慎重さは、相手への配慮とも、自己防衛とも読める。
一方、隣人の真人は「必ず犯人を捜してこい」と強く指示する。この言葉には、世の現実逃避を許さないという意思が感じられ、二人の関係性は単なる隣人というより、踏み込んだ間柄であることが窺える。また、後輩の戸川、上司の柳瀬という職場の人間関係が、この事件をきっかけに変化していくという点も重要だ。プライベートの出来事が仕事の関係性に波及していくことで、物語はより複雑な様相を見せるだろう。
記憶を失った「事後」から始まる、伏線の張り方
本作の最大の特徴は、物語の冒頭で「結果」が提示され、そこから「原因」を遡っていく構成にある。記憶を失っている世にとって、自分の身体に残された痕跡だけが唯一の手掛かりだ。この設定は、読者に対して「誰が相手なのか」というミステリー要素を提供しつつ、同時に「世がどんな行動を取ったのか」という自己認識の揺らぎも描き出す。
「思い当たる人物を辿っていく」という行為は、結果的に世自身の過去の人間関係を再確認する作業にもなる。相手が誰であれ、その人との間に「そういう関係」を結ぶ可能性があったという事実は、世の自己イメージを大きく変えるだろう。この心理的動揺が、今後の人間関係にどう影響するのかが、読みどころの一つと言える。
職場の人間関係を巻き込んでいく、連鎖的な変化
世の「捜査」が職場にまで及ぶ点も、この作品の魅力だ。後輩の戸川、上司の柳瀬という、日常的に顔を合わせる相手との関係が「変えられていく」という記述から、単なる犯人探しに留まらない、人間関係の再構築が描かれることが予想できる。特に、同じ職場という閉じた空間での関係性の変化は、逃げ場のなさと緊張感を生むだろう。
また、丹地陽子による「美麗なイラスト入り」という点も、作品の魅力を高めている。紙書籍特典のショートストーリーも収録されており、本編で描かれなかったエピソードを楽しめるのも嬉しいポイントだ。期間限定の試し読み増量版という形態も、この作品の世界観を手軽に体験するには最適だろう。
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