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段ボールの壁が隔てていたのは、言葉ではなく「加減」だった
転勤で郊外の1DKへ引っ越してきた芦沢まひる26歳。彼女の前に現れたのは、192cmの巨体を持つ引越業者の現場リーダー・鬼頭昴33歳。作業中、まひるにだけ一切口をきかず、置き場所の確認にも顎の動きだけで応える姿に、まひるは「邪険にされている」と思い込んで縮こまってしまう。
しかし、台風の接近で電車が止まり、若い隊員たちが先に引き上げた後、三十八箱の段ボールに埋まった部屋に残されたのは二人きり。開梱を手伝ううち、重い箱を受け渡すたびに指が触れ、そのたびに男の手が止まる。この「手が止まる」という描写が、もうたまらないのよね。
あらすじを読むと、鬼頭が黙っていたのは「声で客を泣かせた過去」があったからで、手が止まっていたのは「加減が分からなかった」から。つまり彼は、自分の強さを自覚しすぎるあまり、言葉も手も出せなくなっていたわけです。体格差のある二人の間に積まれた段ボールは、物理的な壁であると同時に、彼の「力を恐れる心」の象徴のようにも思えます。
「喋らない強面」と「遠慮して損をする女の子」のすれ違いが愛おしい
視点人物であるまひるは、26歳の進学塾事務。155cmで「人に強く言えず、遠慮で損をする」性格と明記されています。対する鬼頭は33歳の引越会社の班長で、元ラグビー選手。192cmの強面で無言。この「無言」が、まひるの被害妄想を加速させるわけですが、彼の内心はまったくの逆——下見の日から彼女を見ていたというのですから、最初から「執着」は始まっていたんですね。
注目したいのは、鬼頭が「力の加減を誤ることを何より恐れている」という点。元アスリートで、自分の手がどれほどの力を生むのかを誰よりも知っているからこそ、彼は黙り、手を止める。そして、まひるが「震える指先」を見て、自分のほうから手を重ねる。この「自分から」という能動性が、この作品の肝のような気がします。
体格差のある二人が、養生シートと箱の壁に挟まれた床で過ごす一夜。太い指の腹に執拗に嬲られ、確かめられるたび「はい」としか答えられなくなるまひる。この「はい」という返事は、彼の手の動きに対する応答であると同時に、彼の存在を受け入れる合図にもなっていそうです。
「触れたら壊しそうで怖い」——この言葉が持つ二重の意味
この冒頭の引用、本当に心臓を掴まれます。まず「私より重いものを、毎日いくつも運んでいる手」という客観的な観察が入ることで、鬼頭の手の「力」が具体的にイメージできる。その手が「触れたら壊しそうで怖い」と震えている——ここには、まひるの身体を物理的に壊してしまうかもしれないという恐れと、彼女という存在そのものを「壊してしまう」かもしれないという心理的な恐れが重なっているように思えます。
そしてこの言葉が、段ボールを挟んだ「向こう側」から発せられているのがいい。まだ二人の間には物理的な距離があり、その距離を埋めるのは、鬼頭の手ではなく、まひるの「自分から手を重ねる」という行動。力を持つ者が一歩引いて、力を持たない者が一歩踏み出す。この関係性の逆転が、この作品の甘さと切なさを生んでいるのだと思います。
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