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「施主と職人」の距離が、最後の夜に溶けていく――背徳の歳の差物語
祖母が遺した家を手放すと決めた25歳の歯科助手・若狭ほのか。引き渡し前の畳の張り替えを町の畳店に頼んだことから、54歳の職人・戸祭巌が三ヶ月、週末ごとに一間ずつ仕上げていくことになります。
施主と職人という立場のまま、古い畳を上げるたびに床下から出てきたもの――祖母の書き付けや子どもの字の落書き帳を、黙って取り分けて手渡してきた巌。言葉は少なくとも、手だけがよく喋る男の静かな気遣いが、三ヶ月かけてほのかの中に積もっていく描写に目を奪われます。
そして明日が引き渡し、残るは祖母の寝間だった一帖だけという夜。頼んだ覚えのない上等の畳表を抱えて現れた巌の「最後の一帖は俺の我儘だ」という言葉は、代金を受け取らないという意味でした。真新しい青畳が納まった後、敷居の外で動かない男を座敷へ招き入れたのはほのかのほう。藺草の匂いの中で組み敷かれ、明け方まで幾度も奥で受け止める――という展開へと続いていきます。
三ヶ月かけて手渡された「家の記憶」という静かな恋の予感
この作品の魅力は、畳の張り替えという実務的な関係の裏で、巌がほのかに手渡してきたものが「畳ではなく、床下から出てくる家の記憶のほう」だったという点にあります。
祖母の書き付け、子どもの字の落書き帳。言葉少なな職人が黙って取り分け、ほのかの手に渡す。その一つひとつが、彼女の家への想いを静かに紡いでいく。施主と職人という線引きを守りながらも、確かに積み重ねられていく時間が、ラストの「線を跨がせたのは彼女」という展開に自然な説得力を持たせているのです。
「明日で終わる」からこそ生まれる、一夜の背徳と執着
畳がすべて納まれば、この家も、会う理由も終わる。そんな期限付きの関係だったからこそ、最後の夜の選択が際立ちます。
敷居の外で動かない男を招き入れたのはほのかのほうで、「跨いだ後の男はもう止まらない――それでも節目ごとに、顔を上げて目を確かめる」。言葉ではなく視線で確認し合う大人の関係に、背徳感と同時に静かな情愛を感じます。明け方まで続く夜のあと、朝、その一帖の上に家の鍵を置いて二人で戸を閉める――という結末まで含めて、余韻の深い一冊になりそうです。
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