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芳醇な香りに誘われて——大人の恋が静かに始まる予感
フランスの三つ星レストランでソムリエを務めていた水原千秋は、同じ店の名を冠するオーナーシェフの恋人だった。しかし天才ゆえの奔放さにつき合いきれず、店を辞めてしまった過去を持つ。日仏ハーフという出自も相まって、千秋という人物には「逃げた」という負い目と、それでもワインへの情熱を捨てきれない葛藤が滲んでいるように思える。
そんな千秋が思い出の地で出会うのが、日本にあるフレンチレストランの二代目・遠野隆明。なりゆきで手助けをすることになった千秋は、そのまま彼の店で働くことになる。かつて愛した店と同じ名前を持つ場所を離れた男が、今度は別の店で再びワインと向き合う。この構造がまず、心理的な緊張感を生んでいる。千秋にとって「店」とは何だったのか、そして「料理人」という存在に何を重ねてしまうのか。その行間が気になって仕方がない。
「ワインのように甘く、蜜のように苦い、芳醇な香りに満ちた大人の恋愛物語」という言葉が示す通り、本作は一途で純粋な初恋ものではなく、複雑な味わいを持つ関係を描くのだろう。過去の恋愛の傷を抱えたソムリエと、二代目という立場に何かしらの焦りや覚悟を抱えるシェフ。二人の距離が、ワインが空気に触れて変化するように、少しずつ変わっていく様子をじっくりと堪能したい。雑誌掲載分に加えて書き下ろしが収録されている点も、物語の深みを増してくれそうだ。
ソムリエとシェフ——言葉にできない想いが交差する距離
千秋はフランスの三つ星レストランでソムリエを務めていた実力派だ。ワインの専門家としての矜持と、天才シェフとの恋愛に疲弊した経験。この設定から、千秋は繊細でありながらも芯の強い人物であることが窺える。一方の隆明は日本のフレンチレストランの二代目。実力を求められる世界で、先代の影と比較されるようなプレッシャーを抱えている可能性も想像できるが、あくまでこれは推測の域を出ない。あらすじから確実に言えるのは、二人が「料理と酒」という共通言語を通じて出会い、千秋が隆明の店で働くことになるという点だ。
注目すべきは、千秋が「なりゆきで手助けをすることになった」という流れ。かつて三つ星で働いていた男が、日本のレストランで、しかも「なりゆき」で働き始める。そこには千秋なりの複雑な心理が働いているはずだ。過去の店と同じ名前を持つ「アラン・ヴィレリ」を離れた男が、今度は別の場所でワインを注ぐ。その行為の一つ一つに、前の恋愛の記憶が重なるのかもしれない。そして、隆明という新しい相手との関係が、過去の傷を癒すのか、それとも新しい苦みを生むのか。関係性の機微が丁寧に描かれていることを期待せずにはいられない。
また、日仏ハーフという千秋の出自も、物語に豊かな彩りを与えている。フランスと日本、二つの文化を行き来する視点は、料理やワインの描写にも自然と反映されるだろう。食の世界を舞台にしたBLだからこそ、五感に訴えかけるような文章の豊かさも本作の魅力の一つと言える。
「ワインのように甘く、蜜のように苦い」——この一文に宿る芳醇な予感
この一文は、本作のすべてを象徴している。まず「ワインのように甘く」という表現が、恋愛の歓びや陶酔を予感させる。しかし続く「蜜のように苦い」という言葉が、その甘さの裏側に隠された痛みや葛藤を暗示している。甘さと苦さを同時に含むのが「蜜」であるという感覚は、複雑な心理を描く本作にぴったりだ。そして「芳醇な香り」という言葉には、単なる恋愛ものでは終わらない、奥行きのある物語が待っているという期待が込められている。
大人の恋愛物語、という言葉も重要だ。若々しい情熱だけではなく、過去の経験や傷、仕事への向き合い方を含めた、人生の深みを感じさせる関係が描かれるのだろう。ソムリエとシェフという、ともに「味」を追求する職業の二人だからこそ、互いの繊細な感覚や価値観の違いが、時に甘く、時に苦い味わいとして立ち現れてくる。この一文が示す通り、本作は読む人の心に、芳醇な余韻を残してくれる作品に違いない。
