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▶ 『花のハウスに住み込んで一年、二十二歳上の親方に『雇い主でいるのは今日までだ』と台風で停電した土間へ倒され孕むまで幾度も注ぎ込まれた話』の試し読み・お得なセール状況をチェック!
言葉少ない親方の、一年ぶんの想いが溢れる一夜
ビニールハウスが風で鳴る音、土と切ったばかりの茎の青い匂い。そんな花農家の空気が冒頭から立ち込める物語です。日高このみさんは21歳でアパレル販売員を辞め、去年の夏から御崎慎吾さんの花農家に住み込みで働いています。トルコギキョウと小菊。鋏の入れ方も水の落とし方も、朝の摘み方も、全部この人に教わった。
二十二歳上の親方は褒めない。けれど、このみさんの鋏はいつの間にか研がれていて、軽トラの助手席には冷えた麦茶が置かれている。言葉ではなく、手が先に動く人。その静かな愛情表現がもう、読んでいるだけでじんわりと心に沁みます。出荷期の終わりで雇用契約が切れる。このみさんは秋には別の産地へ行く。住み込みの部屋も引き払う。会う理由が、まるごと消えてしまうのです。
夏の終わり、台風が来る。朝のうちにハウスの押さえを直し、夕方には道路が冠水して母屋の電気が落ちる。蝋燭が一本だけ灯った框で、慎吾さんは言うのです——「雇い主でいるのは今日までだ」と。一年間、この人が何を飲み込んでいたのかが、そこで分かる。雨の音しかしない夜が、明けるまで続く。この一文だけで、これまで抑えてきた感情がどれほど深かったのか想像せずにはいられません。
キャラクターの魅力と関係性
日高このみさんは23歳。高校を出てアパレル販売員を三年やり、21歳で辞めた。視点人物で一人称は「私」。慎吾さんの花農家に住み込みで雇われ、鋏の入れ方から水やりまで、仕事の全てを教わってきました。若くして一度仕事を辞めた経験を持つ彼女が、花農家の仕事に真摯に向き合い、親方の教えを素直に吸収してきたことが伝わってきます。
御崎慎吾さんは45歳。トルコギキョウと小菊を作る花農家の親方で、独身。必要なこと以外を言わない男。褒めない代わりに、このみさんの鋏を研ぎ、助手席に麦茶を置く。言葉ではなく行動で示すタイプの愛情です。雇う側と雇われる側、教える側と教わる側。その線を一年きちんと守り続けてきた。だからこそ、契約が切れる今夜、その線が崩れる瞬間の衝撃は計り知れません。
読みどころにある通り「褒めることをしなかった二十二歳上の男が、一晩ぶんだけ喋る」。ここが最大の魅力です。一年間言葉にしなかった想いが、台風で逃げ場が塞がれた夜にだけ零れ落ちる。その重さと切なさに、読んでいるこちらまで息が止まりそうです。台風で冠水した道、落ちた電気。逃げ場を塞いでいるのは天気のほうで、その人はいちいち確かめては手を止める。彼の慎重さと優しさが行間から滲み出ています。
「雇い主でいるのは今日までだ」——契約終了が引き金になる一夜
この作品の核心は、雇用契約の終了が二人の関係を変える引き金になることです。出荷期の終わりで契約が切れる。住み込みの部屋を引き払えば、会う理由がまるごと消える。だからこそ慎吾さんは、最後の夜に「雇い主でいるのは今日までだ」と告げるのでしょう。雇い主であることをやめるから、その先の関係を選ぶために。一年間守ってきた線を、自ら越える決意の言葉なのです。
台風で冠水した道、落ちた電気。逃げ場を塞いでいるのは天気のほう。つまり、二人が逃げられない状況を自然が作り出している。このみさんが「逃げよう」と思っても、物理的に動けない。慎吾さんも同じ。そこにあるのは、天気に後押しされた一夜。雨の音しかしない土間で、蝋燭の灯りだけが揺れる中、二人は一年ぶんの想いを確かめ合うのです。
褒めない親方の、行動で示す愛情表現
慎吾さんは褒めない。その代わりに、このみさんの鋏はいつの間にか研がれていて、軽トラの助手席には冷えた麦茶が置かれている。言葉にしないけれど、確かに存在する気遣い。この描写だけで、彼がこのみさんのことをどれほど大切に思っているかが伝わります。手が先に動く人。口下手で不器用だけれど、その不器用さが逆に愛おしい。
一年間、彼は雇い主としての立場を守り続けてきました。このみさんに仕事を教え、生活を支え、でも決して越えられない線は越えなかった。その忍耐が、最後の夜に一気に解放されるのです。「雇い主でいるのは今日までだ」という言葉には、一年間飲み込んできた全ての感情が込められている。そう思うと、このセリフの重みがぐっときます。
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